保守論客の独り言

社会の様々な問題に保守の視点で斬り込みます

新型コロナと憲法(2)  ~対米従属での改憲は危険~

憲法学が専門の棟居快行(むねすえとしゆき)・専修大学教授は「自由と安全を両立させる必要がある。安全を口実に国家が個人に介入し、内閣の勝手にさせないよう、国会が縛っていくことが大事だ」と指摘する》(5月3日付毎日新聞社説)

 これはその通りなのであるが、今のように国会が不活性である限り、内閣が勝手に動くしかなくなってしまう。これを解消するためには、難癖しか付けられない野党に期待するのではなく、3分の2を有する与党を分割し、党内の議論を国会という公の場に引っ張り出す必要があるだろう。

 論点は幾らでもある。例えば、コロナ対応におけるザル入国問題。シナに忖度(そんたく)して新型コロナそして変異ウイルスの入国を止められないことを苦々しく思っている議員もいるだろう。また、選択的夫婦別姓問題でも賛成派と反対派が混在している。憲法改正に積極的な議員もいれば消極的、否定的な議員もいる。

 こういった問題を与党内の手打ちで済ませるのではなく、しっかり論点として提示し、選挙で国民の判断を仰ぐべきである。

《74回目の憲法記念日を迎えた。国民主権基本的人権の尊重、平和主義という基本原理は国民に根付き、戦後日本の礎となった。その理念を守り、後世に引き継ぐことは私たちの責務である》(5月3日付読売新聞社説)

 さすが戦後体制の雄(ゆう)・読売である。戦後体制は戦前を否定することによって生まれたものである。つまり、「反日」である。

 天皇に対する敬愛を否定するのが国民主権である。継嗣(けいし)相続としての国民の権利を否定するのが人権である。日本が再び米国に歯向かうことのないよう日本を骨抜きにするために書かれたのが9条の平和主義である。

 このような「反日原理」が国民に根付いたなどと嘯(うそぶ)くことの意味を我々はよく考えるべきだ。読売は日本を骨抜きのままにしておきたい米国「ウィークジャパン派」の代理である。

《だが、憲法が制定以来、一切手を加えられていない現状は望ましい姿ではない。多くの国は時代の変化を踏まえ、条文を改めている。日本でも必要な課題があれば、改正を議論するのは当然だ》(同)

 これも疑ってみるべきだ。凋落(ちょうらく)激しい米国は、単独でシナを抑え込むことが難しくなってきている。だから日本に軍事的協力を願いたいわけであるが、憲法9条ある限り、それは不可能である。だから改憲を要請しているのだと思われる。

 米国から独立するための改憲は有り得ても、米国に従属したままでの改憲は有り得ない。自主防衛のための改憲ではなく、米国の軍事戦略にただ組み込まれるだけの改憲は認められるわけがない。

《もし現憲法の部分的改正によって、第9條だけが改正されるならば、日本は楽々と米軍事体制の好餌(こうじ)となり、自立はさらに失はれ、日本の歴史・伝統・文化は、さらに危殆(きたい)に瀕(ひん)するであらう》(三島由紀夫「新憲法に於ける『日本』の欠落」:『決定版三島由紀夫全集36』(新潮社)評論11p. 122​【続】​