保守論客の独り言

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「よい政治」とは何か(1) ~渋沢論語~

《よい政治とは、よい政策を着実に推し進めることである。方向性を誤ってはならないし、実行力を伴わないのも困る》(9月4日付日本経済新聞社説)

 <よい政治>とは何か。<よい政治とは、よい政策を着実に推し進めること>と定義してお仕舞だったら苦労はない。何をもって<よい>とするのかが定義されていないからである。具体的にどういうことが<よい>ということなのかを何ら定義せずして<よい政治>だの<よい政策>だのと言ってみても意味がない。

子貢政を問ふ。子曰く。食を足し、兵を足し、民之を信ずと。子貢曰く。必ず已むことを得ずして、斯の三者より去らば何をか先にせん。曰く。兵を去らん。子貢曰く。必ず已むことを得ずして、斯の二者より去らば何をか先にせん。曰く。食を去らんと。古より皆死有り、民信無ければ立たず。(『論語』顔淵第12)

 この論語の一節を「日本資本主義の父」と呼び称される澁澤榮一(しぶさわ・えいいち)翁は次のように解説しておられる。

《同じ政事でも善政もあり、悪政もあつて、両者何れも政事には違ひないが、茲(ここ)にいふ政(まつりごと)と云ふのは、一国の君主なり宰相なりが善政を布(し)いて、一国を治めるにはどうすればよいかといふ意味の質問なのである。

之に対して孔子は「食を足し兵を足し、民之を信ず」といふ簡単明瞭な言葉を以て答へられたが、此の短い言葉の中に深い意味が含まれて居り、善政を布くについての心得が、十分に尽されて居るのである。

「食を足し」といふのはただ食物が十分であるといふのではない。衣食住を満足せしめて、何の不平不満をも無からしむるといふのである。更に砕いて説明すれば、一国の状態が総て順調であつて、鉄道、港湾、道路等の交通運輸の設備が完全し、各種の文化施設が能(よ)く行届き、土地住宅難等を訴ふる様な事もなく、更に日用品の物価宜(よろ)しきを得て、公設市場の如きも十分に其の能力を発揮して居るといふ風に、国民をして不平不満を抱かしむる余地なからしむる様にすることが第一であるといふのである。

「兵を足し」といふのは、相当の軍備が必要であるといふのであるが、之れは決して侵略的意味を含むものでなく、敵国に備へて民生を保護するの必要から斯く言はれたものであつて、国民をして安んじて各其の業務に従はしむるが為である。

之に加ふるに「民之を信ず」が伴はなければならぬと喝破されたが、即ち、能く道徳が行渡つて、忠孝信義の念が厚く、時の為政者の誠意が一般国民に理解されて民をして信ぜしむるに至つたならば、これ善政であると答へられたのである》(渋沢栄一『デジタル版「実験論語処世談」61』【続】