《毎春、東京・新宿御苑で行われる首相主催の「桜を見る会」出席者が、第2次安倍政権発足以降、年々増え続け、首相の後援会関係者が大勢招待されている》(11月13日付朝日新聞社説)
と野党連が噛み付いた。
《税金で賄われる内閣の公的な行事を私物化している》(同)
と言うのである。
強(あなが)ちこの指摘は間違ってはいない。「桜を見る会」はやはり私的色が強いと言わざるを得ない。そう思うからこそであろう、安倍首相は来年の開催をあっさり見送った。
野党はこの手の卑近なことばかりを問題視する。が、卑近であるがゆえに自分たちも同様の過失を犯すことを免れない。実際、鳩山政権も「桜を見る会」を開催した。野党お得意のブーメラン炸裂である。
が、蓮舫女史は次のように醜い言い逃れをする。
「おはようございます。
あなた達も桜の会を行っていた、とか。出席してたでしょ、とか。
つまらない反応です。
安倍総理の桜を見る会の問題は総理の職責、税金を使って安倍晋三衆議院議員の政治活動にしていた疑惑に尽きます。
説明なきまま、中止で幕を閉じようとする政府の姿勢も姑息すぎます」(午前6:38 · 2019年11月14日ツイッター)
自分たちも同様の過ちを犯してしまったことをまず詫びた上で問題とするのなら分かるけれども、自分たちのことは不問に付して現政権だけを追求するのはあまりにも身勝手と言うより他はない。
否、そんなことよりも、こんな些末なことしか野党が追及できないことの方が問題ではないか。日本の政治には議論すべきことが山ほどある。
《8日の参院予算委員会で共産党の田村智子氏は、第2次安倍内閣以降、会の参加者と支出は伸び続け今年は参加者18,200人、支出約5,500万円と2014年から五年間でそれぞれ1.3、1.8倍になっていると追及した》(11月13日付東京新聞社説)
共産党がこういう役回りを演じることは目を瞑(つむ)るにしても、これに野党第1党の立憲民主党までもが乗っかることに私は首を傾(かし)げるのである。
日本は香港の問題をこのまま見て見ぬ振りをし続けるのか。このまま韓国が反日政策を続ければ38度線ではなく対馬海峡が防衛ラインなることにどう対処しようと考えるのか。これには憲法問題も絡んでくるだろう。
もはや頭打ちと思われる「ものづくり産業」からの構造転換をどのような道筋で行うのか。これは人材育成という観点から教育改革とも絡み合う問題である。
少子高齢化にみあった社会保障はいかにあるべきか。これはあるべき日本という将来ビジョンが問われる問題でもある、等々。
「桜を見る会批判」に興じている場合ではないのである。