保守論客の独り言

社会の様々な問題に保守の視点で斬り込みます

敗戦記念日社説:孤軍奮闘する朝日新聞(3) ~全体主義者の科白~

《「男女に等しく政治的な権利を」という今では当たり前の主張は、男尊女卑の家父長的家族制に基礎をおく戦前の体制と真っ向から対立するものだった。このため当時の運動は、男女平等の本質を説くより、「台所と政治をつなぐ」ことの利点を訴えるという、妥協的なものにならざるをえなかった。それでも壁は破れなかった》(8月15日付朝日新聞社説)

 本来、権利と義務は表裏一体でなければならない。権利を主張するのなら義務を負わねばならない。

 戦前は男が死と隣り合わせの戦争に駆り出されるからこそ男の権利が優先されてきたのだと思われる。これを<男尊女卑>などと非難するのは時代状況が分かっていないからではないか。

治安維持法制のもとで、体制に疑義を唱える者は弾圧・排除され、あるいは懐柔された》(同)

 「治安維持法」は当初、天皇制打破を目指す共産主義者を対象とするものであった。これが拡大解釈され運用されるに至ったとすれば遺憾と言わざるを得ないが、「國體」(こくたい)顛覆(てんぷく)を図る共産主義者を取り締まるのは当然のことと言うべきである。

《戦後の改革で法律や制度の民主化が図られたが、めざした社会の実現は遠い。

 女性の国会議員は全体の15%に満たない。家父長制は廃止されても、それに由来し、世界に類を見ない夫婦同姓を強制する法律は引き継がれたままだ。性別に基づく役割分業論も、ことあるごとに姿を現す。

 男女の問題に限らない。社会的な地位、障害の有無、性的指向、民族の違いなどによる不平等や格差が歴然とある》(同)

 <めざした社会>と言われても、それは朝日などの反日派が目指した社会でしかない。

 朝日社説子はことごとく日本の状況を論(あげつら)う。が、例えば女性国会議員が日本に少ないのはなぜか。様々な理由が考えられるが、女性が虐げられてそのようになっているのであれば、今の世の中もっと女性が声を挙げているに違いない。だとすれば、おそらく女性が国会議員になる必要や魅力を感じていないということなのではないか。

 もし国会が女性を虐げるような法律を作っていれば、女性は黙っていないだろうが、そのようなことがないから「男任せ」になってしまっているのだと思われる。但し、私は今の状態が必ずしも良いと言っているわけではないのでお間違え無いように願いたい。

 <世界に類を見ない夫婦同姓を強制する法律>のような言い方も日本独自のものを認めない「全体主義者」の科白(せりふ)である。日本独自ものであることだけでもって悪しきものと考えるのは日本が嫌いなだけではないのか。<社会的な地位、障害の有無、性的指向、民族の違いなどによる不平等や格差>などという言い方も大雑把過ぎて、深く考えずに適当なことを言って印象操作しようとしているようにしか思われない。【続】