《日本テレビは12日、同局系の情報番組「スッキリ」でアイヌ民族を傷つける不適切な表現があったとして、同日のニュース番組内でおわびした。
問題の発言は、動画配信サービス「Hulu(フールー)」の番組を紹介するコーナーであった。アイヌ女性のドキュメンタリー「Future is MINE ―アイヌ、私の声―」を紹介した後、お笑い芸人の脳みそ夫さんが「この作品とかけまして動物を見つけた時ととく。その心は、あ、犬」と謎かけをした。
番組の放送後、SNS上などで「本当に許されないこと」などと批判の声が多く上がった》(朝日新聞デジタル 3/12(金) 19:51配信)
が、これは、想像するに、アイヌを犬畜生に見立て、意図的に侮辱したというわけではないだろう。事情をよく知らない芸人が軽いノリで言葉遊びに興じただけではないだろうか。こんな偶発的なことでさえ「本当に許されないこと」などと言われるのであれば、「物言えば、唇寒し」で、多くの人は言葉を発することが出来なくなってしまうだろう。
一般社団法人「Colabo」の仁藤夢乃代表14日、TBS系「サンデーモーニング」にリモート出演し、<コロナ禍の中で、米国でアジア系住民への敵意が助長されているという話題>の中で、この問題を批判した。
「明らかな差別であるにもかかわらず、謝罪文では『不適切な表現であった』という言い方で、責任や影響をあいまいにしていることも問題」「日本では差別についての教育がされていませんし、無知であると差別に気付くこともできない。知らないうちに加害者になってしまうというのはとても怖いことだと思っています」(デイリー 3/14(日) 16:41配信)
<日本では差別についての教育がされていません>などという話は学校関係者が聞けば猛反論するだろう。学校現場はむしろ差別問題について過敏過ぎるほど気を使っている。
勿論、全ての差別問題を具体的に扱うことなど不可能であるから、個別の問題については「不十分」の誹(そし)りは免(まぬか)れぬだろう。が、それを鬼の首でも取ったかのように批判者側の高みに立って批判するのは失礼極まりない。
また、<日本では>の件(くだり)は、対比的に他国では十全たる差別教育がなされているかのように聞こえるが、問題の米国における「分断」は今回の問題の比ではない。事の軽重が分からないのは「無知」のなせるわざなのか。
自らの無知に気付かず、学校教育を誹謗(ひぼう)することは許されない。が、こういった礼を失した発言がなされたことを咎(とが)めぬ「サンデーモーニング」に、不適切発言を謝罪した「スッキリ」を批判する資格などあるのだろうか。
最後に「デイリー」の記事は書いている。
《日本で差別教育が「されていない」ことについての具体的な内容などは示さなかった》(同)