保守論客の独り言

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うんざりする針小棒大の安倍批判(2) ~許せない親安倍マスコミの批判~

私が許せないのは、反安倍マスコミのみならず、親安倍マスコミも同調し批判していることである。

《政治資金の透明化を目指した法律が、日本のリーダーの足元で踏みにじられていた。安倍前首相は猛省し、説明責任を尽くさねばならない》(12月25日付読売新聞社説)

 何を<猛省>し、どのように<説明責任>を尽くせと言うのか。これでは反日マスコミと変わらない。

安倍氏は同日の記者会見で「私が知らない中で行われたとはいえ、道義的責任を痛感する」「深く反省するとともに、国民におわび申し上げる」などと述べた。

 「知らなかった」としても事務所、後援会の統治不全は深刻であり、責任の重さは変わらない》(12月25日付産經新聞主張)

 安倍晋三前首相の功績はおそらく幾ら述べても述べ足りないに違いない。特に、外交において、長きにわたり世界の首脳の一人としてあり続けたことはこれまでの日本の政治家にはなかったことである。また経済においては、金融緩和を断行し求人倍率を上げ、職に溢(あぶ)れることを無くしたことも高い評価に値する。

 このように書くと私が安倍氏太鼓持ちのように誤解する人もいるだろう。が、私が言いたいのは、是は是として見るべきだということであって、私が安倍政権に対して数々苦言を呈してきたことは過去のブログを御覧頂ければ分かるはずである。

 自分の責任を秘書に押し付けるようなことはあってはならない。が、今回の件はそれに中(あた)るのか。

 全くもって責任がないと言うのは言い過ぎだとしても、「責任がある」と論難できるほどの責任があるのかどうか。大きな功績から見れば、これくらいのことは私には塵芥(ちりあくた)程度にしか思われないのだけれども、反安倍で生きてきた人達にとっては絶対に許せないことなのであろう。

 が、読売や産經のように安倍前首相の政治活動を一定評価してきたのであれば、非難するにもそれなりの礼儀作法を弁(わきま)えて欲しいと思うだけである。

《規正法は昭和23年、政治資金の透明性を担保するために制定された。その後、田中角栄元首相の金脈問題やリクルート事件日歯連献金事件などの不祥事が起きるごとに改正が繰り返されたが、ザル法と揶揄(やゆ)されてきた》(同)

 どのようにして<ザル法>を修正するのかを放置したまま、法律から漏れたものを人民裁判のごとくに国民を煽って裁こうとするのは正しいやり方だとは思えない。おそらくいくら法律を修正したところで、この手の問題は法の網の目を潜り抜けてしまうだろう。

 「必要悪」とまでは言わないが、いちいちこんなことでカリカリしていては健康衛生上よくないと私などは思うのであるが…【続】