保守論客の独り言

社会の様々な問題に保守の視点で斬り込みます

安倍前首相の好意的評価について(1) ~歴史認識問題に一応の決着をつけた?~

大阪大学坂元一哉教授は、

《私は安倍政権は、戦後という時代を終わらせた政権、として記憶されると予想する》(【世界のかたち、日本のかたち】:産経ニュース2020.10.19 08:00)

と言う。が、私の評価は真逆である。安倍政権は戦後を終わらせたというよりも、戦後を強固にしたと言うべきではないか。

《短命政権の連続(最初の安倍政権自体にも責任の一端がある)と日本政治の不安定を解消し、史上最長となる政権を実現した》(同)

 確かに、長期政権によって日本の政治は安定した。が、長期安定政権であればこそやれたことがやれていないというのが私の見方である。その最たるものが憲法改正である。

 憲法改正など簡単に出来るものではないという考えの人も多いであろう。が、私が言いたいのは、たとえ改正実現に漕ぎ着けられなくとも、改正に向けての議論は行えたはずだということである。にもかかわらず、長期安倍政権にして議論のとば口にすら入れなかったとすれば、今後二度と改正議論には進むことが出来ないのではないかと憂慮される。

 政権与党が憲法改正発議に必要な国会議員の3分の2を有していることはそう滅多にあるものではない。にもかかわらず、憲法改正に向けて歩を進めなかったのである。憲法改正に難色を示す公明党の問題もあろうし、自民党内にも護憲派は少なからず存在するのだろう。が、憲法はこのままで良いのか。そのことを問わずして戦後を終わらせることなど出来る筈がないではないか。

《平和安全法制および戦後70年談話(2015年)で、戦後長く続いた安全保障の法的基盤における重大欠陥を是正し、また戦後日本外交を必要以上に後ろ向きにした歴史認識問題に一応の決着をつけた》(同)

 <一応の>とはどういう意味なのだろう。「不満はないではない」という意味合いなのだろうか。<戦後日本外交を必要以上に後ろ向きにした歴史認識問題>というのも引っ掛かる。つまり、ある程度<後ろ向き>であるのは致し方ないということなのだろうか。

 が、私は<戦後70年談話>に大いに不満である。最大の問題は歴史認識を政治決着させようとしたことにある。

世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました》(平成27年8月14日内閣総理大臣談話)

 <世界の大勢>とは何か。資本主義国同士を相打ちにさせ漁夫の利を得ようとするスターリンの「敗戦革命論」が<世界の大勢>というものだったとでも言いたいのだろうか。【続】