保守論客の独り言

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歴史教科書:「従軍慰安婦」という言葉の再登場について(3)  ~「従軍慰安婦」否定、問われる政府の手腕と覚悟~

有村治子参院議員「河野談話についてお伺いします。

 慰安婦問題については、平成4年、1992年、宮澤内閣として加藤紘一官房長官談話が出され、当時の加藤長官は強制連行を示す資料はなかったと明言をされています。しかし、なぜまた翌年、同じ内閣において再び河野談話を発表することになったのでしょうか。官房長官談話という、政府としては極めて高い談話が同じ内閣で立て続けに、しかも慰安婦問題という同じテーマで発出されること自体、大変異例なことでございます。

 平成4年の加藤談話から平成5年の河野談話の発表までの1年間、目新しい物的証拠の発見など歴史認識を揺るがすような事態はなかったにもかかわらず、なぜ後者は強制性を認めるように至ったのか」(第204回国会 参議院 文教科学委員会 第4号 令和3年3月22日)

 が、問題は、歴代内閣がこの<河野談話>を踏襲し続け、国会も異議を唱えないことにある。つまり、日本の政治が反日勢力に占拠されてしまっていることが真の問題なのである。

「実は、河野談話が実際に発表される半年前、韓国側からの要求に応じて、この時点で既に日本政府は慰安婦の強制連行あるいは強制性に言及する方針でいることを当時の読売新聞、日経新聞毎日新聞の各社が報じています。これは、ソウルで行うことになる元慰安婦の方々への聞き取り調査が行われるはるか前のことでございます。まさに、歴史的事実の検証というより、政治的決着を図ったことがこの事例からも伝わってまいります」

 <河野談話>は政治的なものであり、事実に基づいたものではなかった。このような嘘談話を出した河野洋平官房長官(当時)は「売国奴」と呼ばれても仕方ない。

 が、日本を貶(おとし)める嘘が30年弱に亘(わた)り撤回されない、事の深刻さを我々はもっと考えるべきである。

 と思っていたところ、一筋の光明が差した。日本維新の会馬場伸幸衆院議員の質問主意書に答え、

《政府は27日の閣議で、慰安婦問題に関して「従軍慰安婦」との表現は適切でなく、単に「慰安婦」という用語を用いるのが適切だとする答弁書を決定した。先の大戦中に行われた朝鮮半島から日本本土への労働者動員について「強制連行」との表現が不適切だとする答弁書も決めた》(産経ニュース 2021.4.27 13:28

 「従軍慰安婦」や労働者動員の「強制連行」が不適切だというだけではまだまだ物足りないのは言うまでもないが、「千里の道も一歩から」であるから、この「一歩」は評価されるべきものだと思われる。

 が、この程度の決定にすら声を荒げる人達が出て来るのは避けられないだろうから、政府は今後これをどのように収めるのか、その手腕と覚悟が問われることになろう。見守りたい。【了】