保守論客の独り言

社会の様々な問題に保守の視点で斬り込みます

半藤一利『昭和史』を批判的に読む(6) ~大東亜共栄圏の虚妄~

《7月2日の第1回御前会議において、日本は何を決めたのか。それが重大事です。

「帝国は大東亜共栄圏を建設し……支那事変処理に邁進し、自存自衛の基礎を確立するため、南方進出の歩をすすめ、また情勢の推移に応じ、北方問題を解決す」

 簡単にいいますと、日中戦争の処理はどんどん進めていく、自存自衛の基礎を固めるために南方に進出し、同時にドイツの攻撃によって生じる情勢如何によっては北方の、ソビエトの問題も解決する―要するに、松岡外相の強硬な主張に乗っかりながら南へは進出する、北も都合によってはやろうじゃないか、というのです。そして肝腎なのは次です。

 「本目的達成のため対英米戦を辞せず」

 国家として戦争決意を公式なものとした、運命的な決定であったと思います》(半藤一利『昭和史』(平凡社)、p. 346)

 半藤氏の部分的引用では、例えば、<本目的>が何を指すのかが分からないので全文を掲載する。

情勢の推移に伴ふ帝国国策要綱

第1 方針

1.帝国は世界の情勢変転の如何に拘らす大東亜共栄圏を建設し以て世界平和の確立に寄与せんとする方針を堅持す

2.帝国は依然支那事変処理に邁進し且自存自衛の基礎を確立する為南方進出の歩を進め又情勢に対し北方問題を解決す

3.帝国は右目的達成の為如何なる障害をも之を排除す

第2 要綱

1.蒋政権屈服促進の為更に南方諸地域よりの圧力を強化す情勢の推移に対し適時重慶政権に対する交戦権を行使し且支那に於ける敵性租界を接収す

2.帝国は其の自存自衛上南方要域に対する必要なる外交交渉を続行し其の他各般の施策を促進す之か為対英米戦準備を整え先つ「対仏印泰施策要綱」及「南方施策促進に関する件」に拠り仏印及泰に対する諸方策を完遂し以て南方進出の態勢を強化す帝国は本号目的達成の為対英米戦を辞せす

3.独「ソ」戦に対しては三国極軸の精神を基体とするも暫く之に介入することなく密かに対「ソ」武力的準備を整え自主的に対処す此の間固より周密なる用意を以て外交交渉を行う独「ソ」戦争の推移帝国の為有利に進展せは武力を行使して北方問題を解決し北辺の安定を確保す 

4.前号遂行に当たり各種の施策就中武力行使の決定に際しては対英米戦争の基本態勢の保持に大なる支障なからしむ 

5.米国の参戦は既定方針に伴ひ外交手段其の他有ゆる方法に依り極力之を防止すへきも万一米国か参戦したる場合には帝国は三国条約に基き行動す但し武力行使の時機及方法は自主的に之を定む

6.速に国内戦争時体制の徹底的強化に移行す特に国土防衛の強化に勉む

7.具体的処置に関しては別に之を定む

 <対英米戦を辞せず>とは対英米戦に踏み切ろうということではなく、対英米戦に踏み切らざるを得ない状況となれば、これを拒否するものではない、という意味であろう。それよりも遥かに問題なのは<大東亜共栄圏を建設>云々である。支那事変を処理し、南方に進出し、北方問題も解決する。英米戦も辞せず。もはや正気とは思われない。

 シナ事変一つ処理できない日本が、ここまで大風呂敷を広げてしまっては自滅するより他はない。まさに「敗戦革命」を目指す尾崎秀実の思う壺である。【続】