保守論客の独り言

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半藤一利『昭和史』を批判的に読む(5) ~コミンテルンのスパイ・尾崎秀実~

《ドイツがソ連に進攻するバルバロッサ作戦を開始した後に開かれた大本営政府連絡会議では…日ソ不可侵条約を自ら決めてきたばかりの松岡外務大臣が、その舌の根も乾かないうちに「直ちにソ連を攻撃せよ」と言って周囲を驚かせ、反発も受けましたが、構わず松岡は会議のたびに主張し続けました。

 同時に、これをチャンスとみた軍部も、「北の脅威がなくなったのだから、今こそ南へ進出しょう」と盛んに唱えだします》(半藤一利『昭和史』(平凡社)、p. 343)

 が、この「南進論」は、「ゾルゲ事件」首謀者の一人で正真正銘のコミンテルンのスパイ・尾崎秀実(ほつみ)の理屈そのままである。

ソ連は日本と戦う考えはもっていない。かりに日本がシベリアに侵入しても、ソ連はただ防禦するだけである。日本がソ連を攻撃するとすれば、それは近視眼的な誤った行動である。なぜなら、日本はそのような戦争をしても、東部シベリアないしその西方で獲得するこれという政治上および経済上の利益は何一つないからである。恐らくアメリカおよびイギリスは、日本がそうした戦争の渦中に陥るのを歓迎するだろう。そして、日本が石油と鉄を使い果してしまった後で、機会を捉えて日本を討つだろう。

 ところで、もしドイツがソ連を破れば、日本は指一本挙げないでも、シベリアは日本の懐にころがりこむかもしれないのだ。もし日本が中国以外の地に更に進出したいというのであれば、南方こそは進出の価値ある地域である。南方には日本の戦時経済になくてはならない緊急物資がある。そして、南方にこそ、日本の発展を阻止しょうとしている真の敵はいるのだ》(リヒアルト・ゾルゲ『ゾルゲ事件 獄中手記』(岩波現代文庫)、pp. 233-234)

 元朝日新聞記者・尾崎秀実は、近衛内閣に深く入り込み支那事変を泥沼化させた張本人である。彼の使命は、日本を戦争に追い込み疲弊させようとする「敗戦革命論」にあった。

《1941年になって、対ソ開戦論の声が高くなってきた。そして、尾崎は…彼の仲間に働きかけ、積極的に対ソ平和政策をとらせるようにする自信があるというので、私はモスクワに向って一つの照会を発した。尾崎に言わせると、彼は近衛グループの中で強硬に日ソ開戦反対論を唱えて、日本の膨脹政策の鉾先を南方へ転じさせてみせる自信があるというのであった》(同、pp. 231-232)

 が、問題は、どうして日本の指導者たちが尾崎なるスパイにいとも簡単に籠絡(ろうらく)されてしまったのかということである。これは非常に重要な問題であるが、話題が逸れるので、後日しっかり論じ直そうと思う。【続】