保守論客の独り言

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麻生氏の<民度>発言について(1) ~「何言ってるか分からない」蓮舫女史~

《麻生副総理兼財務大臣は、4日開かれた参議院の財政金融委員会で、日本での新型コロナウイルス感染症による死者数はほかの先進国と比べて少ないと指摘したうえで、その理由について「国民の民度のレベルが違う」と述べました》(NHK NEWSWEB 2020年6月4日 22時35分)

 案の定、<民度>という言葉を使ったことに非難が集中した。

 立憲民主党蓮舫・副代表は次のようにツイートした。

 が、漫才コンビサンドウィッチマン富澤たけしではないけれど、私には「ちょっと何言ってるか分からない」。

《国民の文化程度の高さに自信を示すことが、どうして麻生氏自身が偉いという話になるのか文脈が分からない》(6月6日付産經新聞産經抄)

 さらに<国籍を問わずコロナ感染症で亡くなった方、そのご家族のお気持ちに寄り添わず>と言うに至っては<コミュ障>すら疑われる。

 麻生発言を確認しておこう。

自民党中西健治氏が外出禁止など海外のような対策を取らなかった日本の新型コロナウイルス対策の評価を尋ねたのに対し、麻生副総理兼財務大臣は、「死亡率を調べてみると、人口100万人当たり、フランスが228人、アメリカが824人、イギリスが309人、日本は7人だった」と述べ、日本の死亡率は低いと指摘しました。

そのうえで麻生大臣は「おまえらだけ薬を持っているのかと海外からかかってきた電話でよく言われたが、『お宅とうちの国は国民の民度のレベルが違うんだ』と言うと、みんな絶句して黙る」と述べました》(同、NHK NEWSWEB)

 私は政治における「異文化間コミュニケーション」の難しさがここに表れているような気がする。新型コロナによる日本の死者数が欧米諸国に比して圧倒的に少ないことに関心を寄せた海外の人が尋ねてきたので、麻生氏は、理由(山中伸弥教授言うところの「ファクターX」)がまだ見付からないこともあって、<民度のレベルが違う>と半ば煙(けむ)に巻こうとしたのではないだろうか。実際麻生氏は次のように言っている。

「国民が政府の要請に対して極めて協調してもらったということだと思う。海外から見れば、緩いお願いレベルでもこれだけ効果が上がったということは、誇りに思わなければいけない大事なところだ」(同)

 が、ここで1つ問題がある。「民度」って英語ではどう表現するのかということである。

I told these people, ‘Between your country and our country, mindo (the level of people) is different.’ And that made them speechless and quiet. Every time,” Aso boasted.(THE ASAHI SHIMBUN:June 5, 2020 at 19:39 JST

 「民度」に当たる適訳がない。よって日本語のまま”mindo”とし、括弧書きで”the level of people”としているのであるが、”the level of people”が国によって異なることは当たり前であり、これでは何が言いたいのか分からない。よって

Mindo is a word often used by politicians and others to invoke Japanese nationalism and ethnic superiority–ibid

民度は、日本のナショナリズムや民族的優位性を掻き立てようと政治家らがよく使う言葉だ)

のように説明を付け足しているのであるが、この説明は明らかなる偏見である。

民度とは特定の地域・国に住む人々の平均的な知的水準、教育水準、文化水準、行動様式などの成熟度の程度を指すとされる。明確な定義はなく、曖昧につかわれている言葉である》(ウィキペディア

ぐらいが本来あるべき説明であろう。【続】