保守論客の独り言

社会の様々な問題に保守の視点で斬り込みます

日米安保条約改定60年について(3) ~括弧つきの平和~

《現行の安保条約は戦争放棄と戦力不保持の憲法9条の制約が前提だ。自衛隊は「盾」として専守防衛に徹し、「矛」としての米軍が打撃力を受け持つ関係である》(119日付東京新聞社説)

 <戦争放棄と戦力不保持の憲法9条>と言うのなら、やはり自衛隊違憲存在であると言わねばならない。確かに今は自衛隊の存在を認め、専守防衛自衛戦争は合憲であるとの考え方を政府も採っているが、これは制定当初の<戦争放棄と戦力不保持の憲法9条>とは異なり、「解釈改憲」を行った「改訂9条」と言うべきものである。自衛隊は「戦力」に当たらないなどというのは屁理屈でしかない。

《長く「盾」だった自衛隊は条約改定から60年を経て、米英同盟のようにともに戦う「軍隊」へと変質し、米国の紛争に巻き込まれる危険性は確実に高まっている》(同)

 かつてのように米国に圧倒的な軍事的優位があった時代ならいざ知らず、米国はもはや単独で軍事行動を起こせるような力はない。したがって、今後日本もそれ相応の軍事的協力が求められることになるであろうことは想像に難くない。勿論、それを拒むことは出来る。が、それなら米国に守ってもらう安保体制は改めねばならなくなるだろう。

《「同盟」関係はよくガーデニング(庭造り)に例えられる。手入れを怠れば荒れるという意味だ。日米安保体制は今のままでいいのか、新しい時代に対応し、平和憲法の理念を実現するためにも、たゆまぬ見直しが必要である》(同)

 我々は<平和憲法の理念を実現するため>に生きているのではない。否、そもそも<平和憲法の理念>とは何だ。こんな「妄想」のために国が滅んでは本末転倒である。

 戦後日本は「戦争」に巻き込まれなかったという意味では「平和」であったようにも見える。が、北方領土はロシアに、竹島は韓国に実効支配されてしまったままであり、北朝鮮には100名以上の日本人が拉致され続けている。尖閣諸島周辺は中国の工作船に取り囲まれ、日本国土各地には米軍基地が存在する。

《戦後日本の平和は憲法9条のおかげではない。外交努力に加え、自衛隊と、日米安保に基づく駐留米軍が抑止力として機能してきたから平和が保たれてきた》(119日付産經新聞主張)

 産經新聞にしてこの認識であるからあとは言わずもがなである。戦後の平和とは、あくまでも括弧付きの「平和」でしかない。何より問題なのはこの括弧付きの「平和」が主体的にではなく、ただ米国に依存することによって得られてきたということである。

 が、この括弧付きの「平和」がいつまでも続くとは思われない。米国の衰退と共に、日本が主体的に平和を築かねばならない時がそう遠くない未来に訪れるに違いない。発想の転換が必要である。【了】