保守論客の独り言

社会の様々な問題に保守の視点で斬り込みます

「若者が『朝日新聞ぎらい』になった謎」などという謎の話(1)

《『朝日ぎらい』を上梓した橘玲(たちばな・あきら)氏によると、最近の朝日批判の盛り上がりは、昔と位相を異にしているという。

 朝日に代表されるリベラル派が、「憲法にせよ、日本的な雇用にせよ、現状を変えることに頑強に反対する」守旧派に成り下がってしまったと喝破する。保守派である安倍政権は、リベラルな政策を次々に打ち出して、若者たちに支持されているという》(元木昌彦「若者が『朝日新聞ぎらい』になった謎を考える」:「現代ビジネス」9/11() 17:00配信)

 この問題を考えるにあたって、やはり先に用語を整理しておく必要があるだろう。<保守派である安倍政権は、リベラルな政策を次々に打ち出し>などというのは明らかに矛盾した言い方である。安倍政権がリベラルな政策を次々に打ち出しているというのであれば、それは安倍政権が保守派でないということにほかならない。

《今日の日本では“保守”が政治的権力を掌握し、これに対して“リベラル”がその対抗勢力であるかのように語られる。しかし、元々は“保守”の側が抵抗勢力であった。フランス革命が生み出した自由・平等・人権等の普遍性を唱え、それを政治的に実現すべく、市民革命によって権力を掌握した革命派がリベラル(左翼)であり、それに抵抗して、伝統的社会秩序や伝統的価値観を重視したのが保守である》(佐伯啓思『異論のススメ』「保守とは何か…奇っ怪、米重視で色分け」:2016年10月7日付朝日新聞

 確かに「生産性革命」だの「人づくり革命」だのと安倍政権は「革命」という言葉が随分お好きなようであることからして、安倍政権を「リベラル」と称するのは強(あなが)ち誤りではないように思われる。少なくとも「変革」に懐疑的な「保守」ではない。このことが理解されていないからマスコミをはじめとする多くの議論が的外れとなってしまうのである。

 では朝日をはじめとする左寄りの人たちはどうか。彼らの拠り所であった左翼思想がソ連邦崩壊によって力を失い、残ったのは「反権力」だけとなった。よって、反安倍政権こそが彼らの存在意義となってしまったのであるが、安倍政権が「リベラル」色を強めるにつれ、反権力=反リベラルであるかのような矛盾を抱えることとなってしまった。

 改革を推し進める安倍政権に反対する勢力、それはまさに「守旧派」と呼ぶに相応しい。彼らは日本の伝統歴史を保守しようとしているのではない。GHQによって敷かれた戦後体制を旧套墨守(きゅうとうぼくしゅ)しようとしているだけである。

 GHQは占領下において、二度と再び米国に歯向かわないよう日本を骨抜きにする政策を敷いた。だからマルクスを知らぬ若者たちの目には、守旧派はただ「反日」的に映るのであろうと思われる。(続)