衆院選自公過半数割れについて(15)東京社説その2
《石破茂総裁(首相)は総裁選の期間中、衆院を早期に解散するにしても、国会論戦を通じて国民に十分な判断材料を提供してからという考えを示していた。だが、長く「党内野党」だった石破氏の正論は、総裁に就任した途端に霧消した。戦後最短となる首相就任から8日後の解散は党内の大勢に流されたからにほかならない。
石破氏の変節は、誰が総裁になっても自民党は変わらないという疑念を有権者に抱かせた。自民党の皮算用は完全に外れ、石破内閣は低水準の支持率で発足。そもそも、新内閣の人気がうせないうちに、という発想自体が国民を甘く見ていたというほかない》(2024年10月28日付東京新聞社説)
石破氏の話などただ聞こえのよい無責任なものに過ぎないと考えれば、それが〈正論〉などでなかったことが分かるはずだ。それは所信表明演説で述べられた内容からも明らかだろう。責任ある人間は、実現性があるかどうか、どうすれば実現可能かどうかを考えて発言するが、石破氏は、ただ無責任に反権力的発言を繰り返していただけである。だからいざ自分が権力の座に就けば、何も出来ないのだ。
《裏金に関わった非公認候補の党支部に活動費2000万円を支給したことが、カネにものをいわせる自民党の体質は変わらないと見透かされる決定打になった。裏金に厳しく対処したと言いながら「裏金候補」に税金を原資とした政党交付金で支援すれば、有権者の怒りに油を注ぐのは明らかだ》(同)
が、どうしてこのような情報が、選挙期間中に、『しんぶん赤旗』に流れたのか、おかしな話だ。
《自民党惨敗の責任を石破氏1人に帰することはできない。
派閥から還流された政治資金パーティー収入を政治資金収支報告書に正しく記載しなかった前議員ら85人の責任は重大である。このうち46人が衆院選に立候補したこと自体が、本当に反省しているのかと有権者に疑わしく映った》(同)
が、クリーンであることだけに拘(こだわ)って、政治を見ない人達の声が大きいのが気に懸かる。
《「クリーンな政治」がもたらす結末も、歴史からみておく必要があろう。その好例が第2次世界大戦後のイギリスだ。戦後のイギリスでは、金権によらないクリーンな政治を求める動きが、過度なまでに高まっていった。その結果、政治家は金を動かすことができなくなった。さらに政治の透明性を高めるために、政治家にプライバシーは不要といった見識がまかりとおった。
結果はどうだろうか。チャーチルやマクミランといった政治家以降は、傑出した政治家は出なくなった。金は動かせない。だから人も動かせない。プライバシーはない。したがって色事も大事件になる。これでは政治の世界に優秀な男たちは集まらない。多くの優れた人材が、金を自由に動かせる、プライバシーも保証された実業の世界に流れていった。しかも大量の資本は自由なアメリカに流れたのである。
かくして大英帝国は坂道を転げ落ち、1人あたりのGNPがかつての植民地であるシンガポール以下の国へと成り下がった。そしてチャーチル、マクミランなきあと、もっとも 男らしい首相はサッチャー女史ということになってしまった》(渡部昇一『逆説の時代 「日本」なくして未来なし』(PHP研究所)、pp. 230f)
