「政治は常に国民全体の利益と福祉を考え、長期的な視点に立った合理的判断を心がけねばなりません」
が、言うまでもなく政治には、長期的な視点だけではなく、短期、中期的視点も重要である。また、長期的な視点と言うものの、視線の先に何を見るのかにまったく触れずにこのようなことを言っても空虚でしかない。つまり、短期であれ、中期であれ、長期であれ、視線の先に何がしかの国家観が必要だということである。宰相には確固たる国家観なければならないと思うのであるが、石破氏からそのようなものを感じたことはない。たとえ漠然としたものであれ何がしかの国家観がなければ長期的な視点など有ち様(もちよう)もないことからすれば、石破氏の言っていることはただの空想でしかないということだ。
また、「国民全体の利益」というのも引っ掛かる。国民の中には右を向いている人もいれば、左を向いている人もいる。だとすれば、何をもって国民全体の利益というのであろうか。例えば、移民政策において、移民を入れることが国民全体の利益になるのかならないのかは何をもって判断するというのであろうか。ここで詳しく議論することは避けるが、簡単に言えば、国民全員を満足させるようなものはない。では、国民全体の利益とは何か。否、そもそも国民とはどのような人々のことを指すのか。今を生きる日本人を国民と称するのか、過去を生きた死者も含めて国民と称するのか、はたまた、未来に生れる未者も含めて国民と称するのかによって、話はまったく異なってくるだろう。おそらく「国民全体の利益」などという発想は、全体主義的な話でしかない。中央政府が指し示す「利益」が「国民全体の利益」ということになって、国民に選択の余地は与えられないに違いない。
「政治は…合理的判断」というもの気に懸かる。世の中は、すべて合理的に判断できるわけではない。否、合理的に判断できないからこそ政治というものが必要となってくるのである。にもかかわらず、「政治は…合理的判断」などというのは、石破氏が政治の本質を理解していない証拠であろうと私は思ってしまうのだ。石破氏は、政治というものの本質が分かっていない。それがこの1文から看(み)て取れるということだ。【続】