保守論客の独り言

社会の様々な問題に保守の視点で斬り込みます

日本の三権分立について(2) ~国会の不活性こそ改めよ~

《問われなければならないのは、安倍政権下での民主主義の在り方、三権分立の危機ではなかろうか》(74日付毎日新聞社説)

と社説子は言う。

《日本の政治は、内閣(政府)が国民を代表する国会の信任で存立する議院内閣制だが、新憲法下でも久しく「官僚内閣制」だと指摘された。中央省庁の官僚が法案を作り、許認可権などを駆使して、政治を長く牛耳ってきたからだ。

 この「官僚主導」政治を国民の代表である「政治家主導」に変えて、国会の指名を受けた首相の下に権限を集めるのが、平成の一連の政治改革だが、首相官邸への権力集中が過度に進み、安倍政権の下でそれが顕著になった。

 森友・加計学園を巡る問題がその典型だろう。国有地売却や大学の学部新設を巡り、公平・公正であるべき行政判断が、首相らへの忖度(そんたく)で歪(ゆが)められたのではないかと指摘され、財務官僚は公文書の改ざんにまで手を染めた》(同)

 このようなことを言い続けることが自らの首を絞めていることに気付かない。チキンレースよろしく「一歩たりとも退くものか」と頑張っているつもりなのであろうが、同じ所にいつまでも居ず前に進んで欲しい。証明しようもない<忖度>があったのではないかとの疑いをいつまでも煽り続けるのはもはや「偏執(へんしゅう)狂」の域に達している。

《問題なのは、国権の最高機関であり、国の唯一の立法機関である国会が、国政を調査し、行政を監視するという本来の機能を果たしていないことだ。

 森友・加計問題では結局、疑惑を国会の手で解明するには至らなかった。今年、明らかになった統計不正問題でも、あいまいな形での幕引きを許してしまった。

 与党は国会での徹底的な調査や審議に応じようとせず、野党の提案は放置され、よりよい法律を作るという立法府本来の機能も果たそうとしない。政府を擁護するあまりの役割放棄にほかならない》(同)

 ではマスコミ自身はどうなのだ。国会での問題解明をただ指を咥えて待ち、出てきた情報を煽るだけなら「イエロー・ジャーナリズム」と呼ばれても仕方がないだろう。例えば、森友問題の情報源・籠池泰典氏が信用に足る人物かどうかは少し調べてみれば分かることである。たとえ偽情報であっても、安倍晋三首相を攻撃するためなら何でも利用しようとするのは「社会の木鐸(ぼくたく)」とは正反対の態度である。

《日本の民主主義は、三権分立が機能することが前提だ。国会(立法)、内閣(行政)、裁判所(司法)という独立した三つの機関が相互に抑制し、バランスを保ってこそ、権力の乱用を防ぎ、国民の権利と自由を保障できる。

 首相官邸への権力集中や、国会の機能不全でそのバランスが崩れたら…。その不利益を被るのは私たち、国民自身である》(同)

 問題は、首相官邸への権力集中ではなく国会の不活性にある。その原因は、蛸壺化した野党側ではなく、全体主義化した与党側にあると言うべきであろう。与党側がもっと率直な意見を出し合うことが今国政に必要なのではないか。【了】