保守論客の独り言

社会の様々な問題に保守の視点で斬り込みます

新元号「令和」について(4) ~権威を縛ろうとする憲法の愚~

《19世紀の文明とは、平均人が過剰世界の中に安住することを可能とするような性格の文明であった。そして平均人は、その世界に、あり余るほど豊かな手段のみを見て、その背後にある苦悩は見ないのである。

彼は、驚くほど効果的な道具、卓効のある薬、未来のある国家(ステート)、快適な権利にとり囲まれた自分を見る。ところが彼は、そうした薬品や道具を発明することのむずかしさやそれらの生産を将来も保証することのむずかしさを知らないし、国家(ステート)という組織が不安定なものであることに気づかないし、自己のうちに責任を感じるということがほとんどないのである。

こうした不均衡が彼から生の本質そのものとの接触を奪ってしまい、彼の生きるものとしての根源から真正さを奪いとり腐敗させてしまうのである。これこそ絶体絶命の危険であり、根本的な問題なのである。

人間の生がとりうる最も矛盾した形態は「慢心しきったお坊ちゃん」という形である。だからこそ、そうしたタイプの人間が時代の支配的人間像になった時には、警鐘をならし、生が衰退の危機に瀕していること、つまり、死の一歩手前にあることを知らさなければならないのである》(オルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』(ちくま学芸文庫)神吉敬三訳、pp. 142-143)

 安倍晋三首相個人を名指しして「慢心しきったお坊ちゃん」だと言いたいわけではない。が、世論を後ろ盾にして政治が生前退位承認、新元号事前公表といった「伝統破り」を何ら躊躇(ちゅうちょ)なく行うことをただ不安に思うだけである。勿論、私が心配したとて何が変わるわけでもないのだけれども、「時の権力」が「大衆の気分」を頼りに、あたかも伝統を軽んずるかのような例を遺(のこ)すことにならんとすれば遺憾だというだけである。

《安倍首相は決定の3日前、皇太子さまと面会し、複数の元号案について説明したとみられている。意見を求めていれば、天皇が「国政に関する権能を有しない」とする憲法4条に触れるおそれがある。この経過も、情報公開が欠かせない。

 新元号の扱いをめぐって保守派の間には政府をけん制する動きがあった。天皇元号は一体であるとの理由から、新元号の公布手続きは新天皇自らが行うべきだと主張した。

 しかし、閣議決定から1カ月近くも公布を見送るような特別扱いは、やはり憲法4条に触れる可能性があり、退けられた》(4月2日付毎日新聞社説)

 天皇は権威の象徴であって権力者ではない。だから憲法によって天皇の権力を制限することは間違っているのであるが、その間違った憲法に抵触するだのというのは屁理屈もいいところである。

第4条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。

 元号天皇と不可分であるはずなのに、その制定は「国政」だから天皇は関わるななどという杓子定規な、否、理不尽な話をどうして受け入れられようか。このような遣り方はむしろ元号を貶(おとし)めることになってしまってはいないか。

 天皇憲法の関係はもう一度整理しなおす必要がある。【了】