一燈照隅(池内昭夫の日記)

~天邪鬼(あまのじゃく)の独り言~

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プラスチックゴミ削減について

《2030年までにペットボトルやレジ袋、食品容器など使い捨てプラスチックの排出量を25%削減する。環境省が策定中のプラスチックごみ削減戦略の素案に、そんな数値目標が盛り込まれることが分かった》(10月15日付京都新聞社説)

 プラスチックの不法投棄を削減するというのではなく、排出量自体を25%削減しようというのであるから大きく出たものだ。が、ここには世界の潮流に遅れてはならないという日本人特有の「強迫観念」(complex)がある。

《プラスチックごみの規制強化は世界の流れである。最近は、海に流れ出たレジ袋やペットボトルが砕けて5ミリ以下のマイクロプラスチックになり、魚などに蓄積されて人の健康や生態系を脅かす問題がクローズアップされている》(10月16日付山陽新聞社説)

 そこで出てきたのがレジ袋有料義務化の話である。

《買い物の際などに使うレジ袋の有料化を義務付ける動きが具体化している。プラスチックごみの削減を目指し、環境省が年内に大枠をまとめる方針の「プラスチック資源循環戦略」に盛り込まれる見通しとなっている。(中略)

 レジ袋は国内で年間300億枚以上が消費されていると推計される。小売業者に包装ごみの減量を義務付けた07年の改正容器包装リサイクル法施行を機に、一部のスーパーなどで有料化の動きが進んできた。1枚につき数円を客に負担してもらい、収益は自治体や環境保護団体などに寄付され、環境保全の活動や学校の環境教育などに使われるケースが多いようだ》(同)

 なんとも胡散臭い話である。否、このようなことを言う筆者の方が胡散臭いと思われるかもしれないが、<環境保護団体>だの<環境保全の活動や学校の環境教育など>の実態はどのようなものなのだろうか。要は、レジ袋有料義務化によって新たな利権団体が生まれるということだけなのではないか。

《レジ袋は家庭でごみの処理などに再利用され、焼却に回ることが多いとみられるが、それでもポイ捨てなどで川や海のごみとなるケースは少なくない》(同)

 つまり、レジ袋を有料化したところで、あまり環境保全には役立たないということである。にもかかわらずレジ袋有料化を進めるのは、日本も対策をやってますよという世界へのアピールということなのであろう。

《6月の先進7カ国(G7)首脳会議では数値目標を盛り込んだ憲章への署名を米国とともに拒否し、批判を浴びた。「規制は産業界や消費者への影響が大きく、まだ準備が整っていない」という理由である。

 本来なら取り組みを率先すべき海洋国家として、年910万~920万トンのプラごみを排出する「使い捨て大国」として、責任の放棄と批判されても仕方あるまい》(10月19日付高知新聞社説)

 プラスチックゴミを大量に排出していることではなく、ちゃんと処理されずに河川や海洋に投棄されてしまっているのが問題のはずである。にもかかわらず、ただ排出量削減の数値目標を迫るというのは何か裏の意味があるのではないかと思われてしまう。

《私たち消費者一人一人が、また社会全体で使い捨てに慣れきった生活を見つめ直さなければなるまい》(同)

などという平和な話で済ますのではなく、国としての対応をしっかり考えるべきであろうと思われる。