一燈照隅(池内昭夫の日記)

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結党から1年が経った立憲民主党について ~「草の根からの民主主義」などという看板は下ろすべきだ~

10月3日で結党1年を迎えた立憲民主党。が、当初の勢いには陰りが見られる。

《本紙の直近の世論調査では、ピーク時に17%あった立憲の支持率は5%にまで落ち込んだ。地方の組織づくりも33都道府県にとどまっている》(10月2日付朝日新聞社説)

 立憲民主党は綱領に「草の根からの民主主義」を掲げている。が、同党は<草の根から>出来た政党ではない。かつて政権交代まで果たした民主党の仲間割れから生まれた政党である。地方はこのような勝手に振り回されるばかりで、組織作りが追いつかないのも無理はない。<草の根から>とは正反対の、上層部の力関係によって出来た政党が「草の根からの民主主義」を標榜すること自体に無理がある。

《「多様性」を重視する観点から、参院選比例区候補の4割以上を女性にし、LGBTの候補を擁立する方針も掲げた》(同)

のでは、店頭の看板には「羊頭(羊の頭)」を掲げ、実際には「狗肉(犬の肉)」を売る「羊頭狗肉」(ようとうくにく)ではないか。

 ここに挙げられた「多様性」は、<草の根>から上がってきたものではないだろう。国会議員の女性の割合を高めなければならないとか、LGBTの意見を汲み上げねばならないといったことはむしろ「啓蒙(けいもう)」と言うべきである。

 そもそも「草の根民主主義」は、根の生えた土壌から養分を吸い上げねばならないが、それは庶民が日々暮らす生活の「習慣」であり「慣習」である。これらは文化や歴史に依存する。が、国会議員の女性比率やLGBTといった問題は、文化的、歴史的に守り伝えていくような性質のものではない。

 立憲民主党の謳(うた)っている「草の根からの民主主義」とは、庶民に寄り添おうとしているようようで、その実(じつ)は、自分たちの運動に都合の良い「少数派」を選んで利用しているだけではないかとも思われる。もし「反権力」そして「弱者保護」というのならはっきりそう言うべきで、「草の根からの民主主義」などというまやかしの看板は下ろすべきである。

 庶民は立憲民主党の考え方を支持していない。そのことは<支持率(が)5%にまで落ち込んだ>ことからも分かる。もしそれでも「草の根からの民主主義」にこだわるのなら、党の方針を輿論(よろん)に合わせて変えるべきである。自らは政権を担う覚悟もなく、ただ森友・加計問題のような難癖を付けて政権を追い落とそうとするようなやり方はやめるべきである。

 そもそも立憲民主党は左寄りの集団であるはずなのに、本来保守的な「草の根からの民主主義」を掲げていることが間違いなのである。自分たちを支持してくれる「少数派」だけを見て、それが<草の根>だなどと考えるような「欺瞞(ぎまん)」はやめた方が良い。