一燈照隅(池内昭夫の日記)

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朝鮮学校高校無償化判決について

朝鮮学校を高校授業料無償化の適用対象外とした国の措置について大阪高裁は適法と認め、学校側の訴えを退けた。

 北朝鮮の独裁者を礼賛する教科書を使うなど、教育内容や学校運営にわたって朝鮮総連から「不当な支配」を受けていると判示した。朝鮮学校の実態を踏まえた常識的な判決である》(9月30日付産經新聞主張)

 私も<常識的な判決>と言いたいところであるが、そもそもこのようなことが裁判で争われること自体がおかしいのではないか。何がおかしいのかと言えば、高校無償化が外国人学校にも適用されているというところである。

《2010年に始まった高校無償化は外国人学校にも適用されている。しかし、朝鮮学校については北朝鮮による拉致問題が進展しないことなどを理由に、第2次安倍政権が「国民の理解が得られない」と対象外にした経緯がある》(9月29日付神戸新聞社説)

 どうして博愛よろしく外国人学校にまで無償化を適用しなければならないのか。日頃あれだけ日本は1千兆円を超える借金大国であると言っているにもかかわらず、こういう時だけ大盤振る舞いする意味が分からない。

 外国人学校は無償化の対象外であるということであれば、今回のような裁判は起こらない。外国人学校も無償化の対象であるとしておいて、朝鮮学校だけ対象外にするからこのような裁判が起こるのである。

 朝鮮学校北朝鮮による拉致問題が解決していないから無償化の対象から外すなどというややこしい話をするから

《高校授業料無償化の目的は、家庭の経済力にかかわらず学びを等しく保障することだ。国籍を問わず外国人学校の生徒も対象としている。朝鮮学校の生徒を除外するのは制度の趣旨に反するはずだ》(10月3日付朝日新聞社説)

などという反論が出てきてしまうのである。

 勿論、多くの日本人が拉致されたままの北朝鮮の学校を無償化するなどということに大半の日本人は賛同しないであろうが、教育を受ける子供たちにどれだけ責任があるのかといったことなどを考えれば、どこか割り切れないものが残るところもなくはないだろう。まして、事情に疎い他所の国の人達であればなおさらである。

《国連の人種差別撤廃委員会は8月に懸念を示し、朝鮮学校の生徒を差別しないよう日本政府に求めた。この委員会を含めて国連機関から同様の勧告を再三受けているにもかかわらず、政府は応じないままだ。

 朝鮮学校の卒業生は日本の様々な分野で活躍しており、社会を支える一員である。教育政策で朝鮮学校を排除し続ける国の姿勢が、生徒や卒業生を含む在日社会への偏見や憎悪感情を助長しかねない。学校関係者はそう危惧している》(同)

 <朝鮮学校の生徒を差別しない>ためにも、他の外国人学校も一律に無償化の対象外とすべきである。そうすればすっきりする。