保守論客の独り言

社会の様々な問題に保守の視点で斬り込みます

国債増発とインフレについて(3) ~「緩やかなインフレ」論~

《人びとの慣習と繁栄度が不変、つまり、社会が富のほぼ不変量の実質高に対する支配を現金の形でもつ、換言すれば、流通貨幣総量がほぼ一定の購買力をもつとすれば、あらゆる流通紙幣は、その流通高とは無関係にほぼ同じ総実質価値をもつ、ということである。

(中略)

 いま、900万の紙幣が流通しており、全部で3600万金ドル相当の価値をもつものと仮定する。政府が、さらに300万の紙幣を印刷し、総額が1200万となったとしよう…この1200万の紙幣は、依然として3600万ドルの値しかもたない。

最初の状況では、各々の紙幣は4ドルであるが、後の状況においては、各々の紙幣は3ドルである。したがって、最初に国民が保有していた900万の紙幣は、いまや2700万ドルの価値をもつものであって、3600万ドルではない。そして、政府の新発行による300万紙幣は900万ドルの価値をもつ。

かくて、追加紙幣の印刷の過程において、政府は、国民から課税により徴収するのと同様、900万ドルを移転したことになる》(ケインズ「課税方法としてのインフレーション」:『ケインズ全集 4』(東洋経済新報社)中内恒夫訳、pp. 39-40)

 貨幣流通量を増やせば貨幣価値が下がりインフレとなる。これは課税徴収するのと同じ効果があるということである。

《この課税は、誰の負担となるのであろうか。それは明白に、最初900万の紙幣を所有していた者である。彼の紙幣は、現在、以前よりも25パーセント減価している。インフレーションは、すべての紙幣所有者に、その所有高に比例して25パーセントの課税を行なったことに相当する。課税負担は広範に分散し、脱税不可能で徴税費用は不要であり、犠牲者の富にほぼ比例することになる》(同、p. 41)

 ただし、ケインズは別の論文で、デフレよりもインフレの方がましである旨を指摘してもいる。

《物価上昇の原因をなすインフレーションは、個人に対しても、階級―とくに金利生活者―に対しても不公平であり、それゆえ、貯蓄にとっては好ましくないものである。物価下落の原因をなすデフレーションは、企業者が損失を回避するために生産を制限するようになるから、労働者と企業にとって窮乏化をもたらし、したがって、雇用にとって悪である。

もちろんこれらの逆の事態もまた真である。すなわち、デフレーションは借手に不公平となり、インフレーションは産業活動の過剰刺激をもたらすということになる。しかし、これらの結果は、以上に強調した結果ほど顕著ではない。なぜならば、貸手がインフレーションの最悪の影響を防衛する困難に比べれば、借手はもっと容易にデフレーションの最悪の影響から自衛することができるからであり、また労働者は、不況期の過少雇用に比べれば、好況期の過重労働の方が、もっと容易に自衛することができるからである。

 かくて、インフレーションは不公正であり、デフレーションは不当である。ドイツのような極端なインフレーションを除けば、両者のうちでは、おそらくデフレーションの方が悪質である。なぜならば、貧困化した世界では、失業を引き起こす方が、金利生活者を失望させるよりも悪いからである》(ケインズ「貨幣価値変動の社会的帰結」:『ケインズ全集』(東洋経済新報社宮崎義一訳:第9巻 説得論集:第2編 インフレーションとデフレーション、pp. 87-88)

 よって、「緩やかなインフレ」を目指すべきではないかと言われているのである。【了】