保守論客の独り言

社会の様々な問題に保守の視点で斬り込みます

民主主義を立て直す方法:「くじ引き」について(2) ~民主主義は絶対ではない~

《とりわけフェイスブックツイッターといったSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が普及してから、政治家は自分の言動に有権者がどう反応しているか、即座に把握できるようになった。消費者に衝動買いしてもらうように、マーケティング有権者に働きかけること、政治という公共の空間が、奔放な自由市場のようになる》(評:坂井豊貴・慶応大教授)

 SNSが普及することで政治家と有権者の距離が縮まり、それが「ポピュリズム」を生む温床となる。これを打開する一策として、レイブルック『選挙制を疑う』は<くじ引き>を提唱する。

《くじで選ばれた一般人に議員は務まるのか。著者は、そのようなことができている例として、くじで選ばれた陪審員が任務にあたる裁判をあげる。そして熟議民主主義の研究を引き合いに出し、適切な熟議の場を設けると、人々の意欲や能力は引き出されるのだと論じる。著者はさらに古代アテナイの民主制を概観する。そこでは、くじで選ばれた人々が政府を運営していた》(同)

 仮に陪審員裁判に合格点を与えることが出来たとしても、政治も同じようにいくとは思われない。町内会のような身近で小さな範囲ならいざ知らず、市政、県政、国政といった非日常的な大きな範囲の政治判断がずぶの素人に出来るわけがない。古代アテナイがくじ選議員で成り立っていたのは、範囲が限られており、そこで扱われる政治も単純なものであったからに過ぎない。

《選挙だけではなく、くじも活用せよ、というのが政策としての提言である。たとえば国会の二院のうち、片方の議員は選挙で、もう片方の議員はくじで選ぶというようにだ。スペインやスイスでは、そうした制度の導入を求める運動があるという。大切なのは民主主義であって、選挙原理主義ではないのだ。今日の状況で選挙は「民主主義をむしろ阻害している」》(同)

 大切なのは「現実政治」であって<民主主義>ではない。<民主主義>を信奉する者たちが満足するために政治を歪めては意味がない。

 政治がうまく機能していないのであれば、選挙制度を弄(いじ)ることも必要であろう。政治家が変化を求めず、政治が機能不全に陥っている最大の要因は「小選挙区比例代表制」にあると私は睨(にら)んでいる。

 選挙のせいで民主主義がうまく機能していないというのは当たらずといえども遠からずだとは思うが、そもそも民主主義自体の問題がここに来て露呈してきているというのが本当のところだろう。

 民主主義は絶対ではないし、民主主義信奉者が思い描く<民主主義>を完成させることが我々の最終目標でもない。民主主義は他の制度よりましだからこれを採用しているに過ぎないということをしっかり理解しておくべきであろうと思われる。【了】