《菅義偉官房長官は5月1日、安定的な皇位継承について、今秋以降に検討を本格化する考えを示した。女性天皇容認が念頭にあるのは間違いない。
「小泉純一郎政権時代の2005年、皇室典範に関する有識者会議で『皇位継承は男女問わず、長子優先』という結論が出され、改正案が翌年の国会に提出される運びでした。ところが、2006年2月に紀子さまが懐妊され、悠仁さまが誕生されると、お蔵入りになったんです」(皇室記者)》(NEWSポストセブン5/12(日) 16:00配信)
問題が政治解決せねばならないぎりぎりの段階まで追い詰められて初めて動くという過ちを何度繰り返せばよいのであろうか。令和の譲位も時間的に間に合わないということを口実に議論もそこそこに特例措置ということで政治決着してしまった。
<皇位継承は男女問わず、長子優先>の考え方も、当時の切羽詰まった状況では仕方のない結論であったのかもしれない。が、後継男子がお生まれになられたことで「時間的余裕」が生まれたのであるから、旧宮家の皇籍復帰も視野に入れて、再検討することが必要だったはずである。
にもかかわらず審議が打ち切られたのは、今度同じ状況が起れば、<皇位継承は男女問わず、長子優先>ということにしてしまいたい人たちの思惑が働いたからではないか。つまり、男系男子という伝統を破壊し天皇制の牙城を切り崩したい人たちがこの問題を弄(もてあそ)んでいるのではないかと疑われるのである。
もし、女系天皇が誕生し、皇室に権力が紛れ込むことになれば、日本は大混乱を来(きた)し、天皇制は瓦解(がかい)するだろう。
《占領中の昭和22年(1947年)10月14日、GHQの命令によって、皇位継承資格をもつ11宮家が強制的に皇籍から離脱させられた。山階宮(やましなのみや)家、梨本宮(なしもとのみや)家、開院宮(かんいんのみや)家、東伏見宮(ひがしふしみのみや)家、北白川宮(きたしらかわのみや)家、伏見宮(ふしみのみや)家、賀陽宮(かやのみや)家、久適宮(くにのみや)家、朝香宮(あさかのみや)家、東久適宮(ひがしくにのみや)家、竹田宮(たけだのみや)家の11宮家であり、全部で51人の皇族の方々が一度に臣籍降下することを余儀なくされた。この旧宮家の方々に皇位継承者として復帰していただく。
この事件からすでに60年以上を経て、いくつかの宮家は断絶の憂き目にあっておられるが、幸い残った宮家には立派な方々がいらっしゃる。この方々を皇族に復帰させ、皇室を敗戦前の姿に戻す。こうして宮家を増やせば皇位継承は安泰になる》(渡部昇一『皇室はなぜ尊いのか』(PHP)、pp. 131-132)
が、
《男系男子の皇族を増やすため、戦後に皇籍を離れた旧宮家が皇籍に復帰することについては「認めてもよい」が42・3%、「認めないほうがよい」が39・6%で、差は2・7ポイントにとどまった》(産経新聞ニュース 5/13(月) 11:52配信)
皇室についての国民の理解を深めることが求められる。【了】