保守論客の独り言

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戦前の歴史認識を改める時(3) ~樽井藤吉の幼稚な論理~

《わが日本国、合同をもって不利となすものあり。

その1にいわく、朝鮮は貧弱の国なり、今あえてこれと合するは、これ富人の貧者と財産を共にするの理なり。

その2にいわく、朝鮮は文化は洽(あまね)からず、百工興らず、智見また進まず、今これと合するは、交りを愚人に求むるの道なり。

その3にいわく、朝鮮は、清・露に接土す、今これと合すれば、他日守禦(しゅぎょ)の費を負荷せざるべからざるなり。

その4にいわく、今これと合すれば、わが国力を竭(つく)してもって朝鮮の開明を導かざるべからず、これ我を損し彼を益す、我の不利や知るべし。

その5にいわく、朝鮮は気候不順にして水旱凶歉(きょうけん)(凶作のこと)の患、歳として有らざる無し、今これと合すれば、これを救護せざるべからざるなり。

その6にいわく、朝鮮は政綱壊敗し、禍乱起こらんとす、今これと合すればその禍を受く。

その7にいわく、朝鮮人は自主の気象に乏し、今これと合すれば、惰弱分子を伝えん、と》(樽井藤吉『大東合邦論』竹内好訳:『現代日本思想大系アジア主義』(筑摩書房)、pp. 116-117)

 ここに指摘されていることは概ねその通りである。だから併合などしなければよかったのである。が、樽井は現実を無視して次のように反駁(はんばく)する。

《朝鮮は貧弱なりといえども、その面積はわが国に半ばす。その貧は制度の不善に因る。もし合同してもってその弊を革(あらた)むれば富もまた期すべきなり。古より、貧人の変じて富人となり、弱国の化して強国となるもの、枚挙に暇(いとま)あらず。現状を目してもって将来を侮(あなど)るべからざるなり。文化開けず、百工興らず、智見進まざるは時運の致すところ。昔わが国は韓土に学びて今日の盛有り。今我の彼を導くは、徳に報ずるなり。いわんや教うるほ半面は学ぶことなるにおいてをや》(同、p. 117)

 果たして朝鮮が弱国であったのは<時運>のせいだったのであろうか。どんな弱国でも梃入れをすれば強国となり得るなどというのは机上の空論もいいところである。

<合同してもってその弊を革むれば>というのも<革むれば>という仮定の話でしかなく、一国の弊を改めるのがどれほど難しいことか樽井はよく分かっていなかったと言わざるを得ない。

《辺境の守禦を負荷するは、ただに朝鮮の守禦のみならず、また我の守禦なり。朝鮮にして他邦に侵犯せられば、合同せずといえども傍観すべからず。ゆえにいわく、朝鮮の守禦はすなわち我の守勢なりと。国力を竭して朝鮮の開明を導くは、その我を損するはもとより大なり。しかれどもこれを導くは、共にその利を享けんと欲すればなり。朝鮮の利はすなわち日本の利、日本の利はすなわち朝鮮の利なり。いやしくも合すればあに彼我の別有らんや》(同)

 恥ずかしいほどの幼稚な論理である。当たり前であるが、朝鮮が守れなければ日本が守れないわけではない。朝鮮が侵略されれば即、日本も侵略されたことになるわけではない。

 ソ連の南下を防ぐという意味では課題は共通しているように思われたとしても、その中身は前衛の朝鮮と後衛の日本ではまったく異なる。

 にもかかわらず、この樽井の論理よろしく日本は朝鮮を併合し支援に踏み切った。それはどうしてなのか。【続】