一燈照隅(池内昭夫の日記)

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原発と考古学 ~約8万年前の火山大噴火~

《新規制基準に適合ずみの原発について、自然災害の影響を改めて評価し直す。原子力規制委員会が、そんな異例の決定をした》(11月27日付朝日新聞社説)

 これを<異例>と呼ぶべきかは別として、何か評価にかかわる新たな要因が見付かったのであれば検討し直すのは当然である。

関西電力の美浜、大飯、高浜の3原発(いずれも福井県)をめぐって、火山の噴火に関する新事実が浮かんだ(中略)

 関電は当初、文献調査や地質調査、200キロほど離れた大山(だいせん)(鳥取県)の噴火シミュレーションなどをもとに原発内の降灰量を10センチ程度と想定し、「安全性に問題はない」とした。

 この評価を規制委も認め、すでに大飯3、4号機と高浜3、4号機が再稼働している。

 だが、規制委の審査後、大山から190キロの京都市内で30センチの火山灰の層が見つかった。約8万年前に大山が噴火した際のものとみられる》(同)

 大山は活火山ではない。にもかかわらず、8万年前の大噴火を持ち出して基準を見直すというのは過敏に過ぎやしないか。「石橋を叩いて渡る」というのならまだしも、そもそも石橋がなければ石橋が崩れて事故を起こすこともないという話であるから議論の余地もない。

 京都に30㎝の降灰があるような大山の大噴火が起こることを想定するのなら、福井県原発云々よりも鳥取、島根などの方がはるかに問題である。福井県原発を停めるよりも先に、鳥取や島根の人達を移住させなければならない。が、このようなことを言い出せば、おそらく日本には住むところがなくなってしまうに違いない。

《関電は、他の場所からきた灰が混ざっていることなどを理由に、「火山灰の厚さを評価できない」と主張した。これに対して規制委は、現地調査をして火山灰の層が25センチあることを確認し、噴火の規模が想定より大きいことを認めた。(中略)

地震津波、火山噴火の知見は、新たな研究や調査によって変わりゆく。今回の関電の対応は、都合の悪い新事実から目をそらすものだと批判されてもしかたがない。電力各社は常に最新情報の収集を怠らず、安全性を左右する新事実には謙虚に向き合うべきだ》(同)

 関電側の対応がおかしいことはその通りであろう。が、そもそも論で言えば、原発問題を民間電力会社が対応していることが問題なのではないか。原発政策は優れて国策に属するものであるから国有化するのが筋である。

 原発政策は単に電力供給だけの問題でもない。国家エネルギー安全保障という視点も不可欠であるし、核廃棄物の処理をどうするのか、廃炉はどう進めるのかといったことに必要な核技術の高度化という課題もある。

 原発を停めてしまってはむしろこれらの問題が宙に浮くことになってしまわないか。