一燈照隅(池内昭夫の日記)

~天邪鬼(あまのじゃく)の独り言~

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柴山新文科相の教育勅語発言について(1)~法律でない「教育勅語」は無効に出来ない~

教育勅語には、現代風にアレンジすれば道徳の授業などに使える分野が十分にある。普遍性をもつ部分が見て取れる――。

 柴山昌彦・新文部科学相が就任会見でそんな見解を披露した。教育行政をつかさどる閣僚の見識を疑う》(10月5日付朝日新聞社説)

 ということは、朝日社説子は、どの部分であれ教育勅語は<道徳の授業>には使えず、<普遍性>を持つ部分はないと思っているのだろうか。

爾(なんじ)臣民、父母ニ孝ニ、兄弟(けいてい)ニ友ニ、夫婦相和(あいわ)シ、朋友(ほうゆう)相信(あいしん)シ、恭儉(きょうけん)己(おの)レヲ持(じ)シ、博愛衆(しゅう)ニ及ホシ、學ヲ修メ、業ヲ習ヒ、以(もっ)テ智能ヲ啓發シ、德器ヲ成就シ、進テ公益ヲ廣メ、世務(せいむ)ヲ開キ、 常ニ國憲ヲ重(じゅう)シ、國法ニ遵(したが)ヒ、一旦緩急アレハ義勇公(こう)ニ奉(ほう)シ、以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼(ふよく)スヘシ

汝臣民は、父母に孝行をつくし、兄弟姉妹仲よくし、夫婦互に睦び合い、朋友互に信義を以て交り、へりくだつて気随気儘の振舞をせず、人々に対して慈愛を及すやうにし、学問を修め業務を習つて知識才能を養ひ、善良有為の人物となり、進んで公共の利益を広め世のためになる仕事をおこし、常に皇室典範並びに憲法を始め諸々の法令を尊重遵守し、万一危急の大事が起つたならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家の為につくせ。(文部省『聖訓ノ述義ニ関スル協議会報告』「教育に関する勅語の全文通釈」:『続・現代史資料(9) 教育 御真影教育勅語2』(みすず書房)、p. 356

 教育勅語肯定派は、ここに掲げられた12の徳目が<普遍性をもつ>と言い、反対派は<一旦緩急アレハ>以下を問題視しているのだと思われる。

《「危急の大事が起きたら一身を捧げて皇室国家のために尽くせ」という点に、教育勅語の本質はある。だから敗戦の3年後の1948年6月、衆院は「根本理念が主権在君ならびに神話的国体観に基づいている事実は、明らかに基本的人権を損ない、国際信義に対して疑点を残すもととなる」として、その排除決議を全会一致で可決した》(10月5日付朝日新聞社説)

 が、渡部昇一氏は言う。

《そもそも、法律でない「教育勅語」を無効にできない》(『日本人の道徳心』(ベスト新書)、p. 44)

 まさに「目から鱗が落ちる」が如くの指摘である。

詔書と違ってこの勅語には大臣の副署がありません。それは政令としての拘束力を持たないことを意味します。全文の結びの言葉が、(…威(みな)其徳ヲ一(いつ)ニセンコトヲ庶幾(こいねが)フ)とて、著作者たる天皇の希望の表明といふ文体で表現されてゐるところにもそれは明らかです》(小堀桂一郎東京裁判の呪い』(PHP)、p. 289)【続】