一燈照隅(池内昭夫の日記)

~天邪鬼(あまのじゃく)の独り言~

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アベノミクスという妖怪

アベノミクス」って何だ? フリードマン理論に倣(なら)った金融政策だけなら、安倍政権における「金融緩和政策」と言えば仕舞いである。それをどうしてわざわざ「アベノミクス」などと呼び称さねばならないのか。

 当初アベノミクスは「3本の矢」と言っていた。「大胆な金融緩和」「機動的な財政政策」「投資を喚起する成長戦略」がそれである。が、これらは相矛盾する経済政策であり、端からうまくいくわけがなかった。案の定というか、金融緩和以外目星い成果は得られなかった。が、そのことが分かる政治家がおらず、したがって、まともな批判がなされず、日本経済は袋小路に迷い込むことになってしまった。

安倍晋三首相は出馬表明に際して「まっとうな経済を取り戻すことができた」と、これまでの政策の成果を訴えた。

 アベノミクスを過小評価することは適切ではない。

 日銀の大規模緩和により、旧民主党政権下で進んだ極端な円高や株安は修正され、多くの大企業が過去最高の収益を上げている。人手不足と表裏一体ながら雇用環境は大きく改善し、非正規社員を中心に所得も伸びている》(8月29日付産經新聞主張)

 <多くの大企業が過去最高の収益を上げている>といってもそれは国内だけの話で、対外的には国富が3分の2に縮小してしまっている。1ドル80円が120円になったのだから当たり前である。百歩譲って一時的に「円安」によって経済を刺激することは有り得たとしても、恒常的に円安政策を採る、つまり、国の価値を引き下げて良いわけがない。

 更に言えば、「円安」によって収支を改善した「大企業」とは、見方を変えれば「円高」では採算がとれない輸出依存型の「斜陽企業」であった可能性が高い。円高に耐え得る産業構造への転換こそが日本の将来を明るくするものであったはずなのに、その課題から逃避して、円安というぬるま湯構造へと逆戻りさせてしまった。本来自然淘汰されるべき企業が延命することとなった。

 シュンペーターの言う「創造的破壊」とは真逆の、つまり、「投資を喚起する成長戦略」とは正反対の政策、それこそが円安政策に他ならない。金融緩和は時計の針を逆戻りさせてしまったのである。

 最悪なのはそれを政府が介入する形で人工的に行ったということである。このような介入が正当化されてしまっては、新たな産業を生む投資など出来るはずもない。むしろアベノミクスのような政府の介入がなければ、今頃は円高状況下で新たな産業構造への転換の萌芽が見られていたかもしれない。

《足元の成長は力強さに欠けている。いまだ個人消費は盛り上がらず、何よりも、政権が重視してきたデフレからの完全な脱却にてこずっている》(同)

 ただ株高となって貸借対照表が改善されたとしても、企業の実質は何も変わっていないのであるから当然である。

 今足りないのは将来像である。これからの日本をどのような国にするのかしたいのか、そのことを語らずして上辺だけの介入を行ってもうまくいくはずがないのである。