保守論客の独り言

社会の様々な問題に保守の視点で斬り込みます

丸山議員の北方領土発言について(2) ~リアル「イワンのばか」~

《同行記者団によると、丸山氏は11日午後8時ごろ、訪問団員との懇談中、元国後島民で訪問団長の大塚小弥太(こやた)さん(89)に「ロシアと戦争で(北方領土を)取り返すのは賛成か反対か」と語りかけた。大塚団長が「戦争なんて言葉を使いたくない」と言ったところ、丸山氏は「でも取り返せない」と反論。続いて「戦争をしないとどうしようもなくないですか」などと発言した。

 丸山氏はロシア人島民宅で飲酒した後で、訪問団員らの制止を聞かずに大声で騒いだり外出しようとしたりしたという。このため複数の団員が「日露友好の場にそぐわない」として丸山氏に抗議。丸山氏は12日、滞在先の古釜布で全団員の前で「ご迷惑をかけたことをおわび申し上げます」と謝罪した》(5月13日付毎日新聞2019年5月13日 19時07分)

 ここには「戦争」というものを本気で考えることが出来ないひ弱な戦後日本人がいる。このようなことを言えば、お前は好戦主義者だと批判されるのであろうが、「戦争」にも色々あって、独り「熱戦」だけが戦争なのではないという発想を持っていれば、丸山穂高衆院議員を安易に批判するようなことは出来ないだろう。

 北方領土は日本固有の領土であり、第2次大戦停戦後、ソ連が不法に侵略し奪い取ったものである。この認識をロシア人のみならず世界に広めることも重要な「情報戦」という「戦争」である。

《領土問題の戦争による解決を肯定するかのような言動は、平和国家・日本の国会議員として失格である。速やかに議員を辞職すべきだ》(5月15日付朝日新聞社説)

 もしこれが「平和呆け国家・日本」というのならその通りだろう。平和呆けの人たちから見れば、丸山議員は明らかに国会議員失格である。が、日本を勝手に「平和国家」などという檻に閉じ込めないでもらいたい。

憲法9条国際紛争を解決する手段としては、戦争を放棄するとしている。北方領土を武力で取り戻すという選択肢は、そもそも日本の国是に反する》(同)

 が、米国が報復をおそれて日本を武装解除させたのを「平和主義」と美化し、主権回復後も日本が再武装するのを防ぐために置かれた在日米軍を半ば「傭兵」のように使っているのを「平和主義」などと宣(のたま)うのがどれほど退廃的なことか。

 不法に奪われたものを「平和主義」と称して取り戻そうとしない日本。こんなもの「平和主義」でも何でもない。ただの「臆病者」でしかない。否、トルストイ『イワンのばか』以来の「大馬鹿者」でしかない。【続】

丸山議員の北方領土発言について(1) ~無責任な丸山批判~

北方四島ビザなし交流の訪問団の一員として国後島を訪問した日本維新の会丸山穂高衆院議員(35)=大阪19区=が11日夜、滞在先の国後島古釜布(ふるかまっぷ)で元島民の男性に対し、北方領土問題について「戦争をしないとどうしようもなくないか」「(戦争をしないと)取り返せない」などと発言し、トラブルになった》(513日付毎日新聞2019513 1907分)

 北方領土は、日本はロシアの不法占拠と言っているけれども、第2次大戦で奪ったものだからロシアのものだというのがロシア側の認識である。だからいくら交渉を続けても返還されるはずもない。「戦争」で奪われたものは「戦争」で奪い返すしかない。これがロシア側の論理である。

 つまり、丸山議員の言っていることは間違ってはいない。本当に北方領土をロシアから取り返そうとするのならあってしかるべき考え方である。

 問題は、たとえ「正論」であろうとも、時・所・位を考えなければ正中(せいちゅう)しないということにある。丸山議員にあってはこのあたりが未熟だと言わざるを得ない。

 が、だからといって、平和主義の高みに立って丸山議員を袋叩きにするのも問題であろう。左寄りマスコミが興奮し声を荒げるのは当然としても、所属する日本維新の会が丸山議員を是非もなく斬り捨てたのは頂けない。

《維新代表の松井一郎大阪市長は14日、「国会議員としての一線を越えた。これまで北方領土返還に向けて尽力してきた全ての皆さんの行為を踏みにじる発言で、辞職すべきだ」と述べ、丸山氏の議員辞職を促した。同党は、同日中に党紀委員会を開き、丸山氏の除名処分を決める見通しだ》(毎日新聞5/14(火) 12:04配信)

 今更指摘しても始まらないが、日本維新の会なるものも結局は急進的改革派ではあっても平和呆け日本の所産であることに変わりはなかったということである。

 次に左寄りの人たちである。彼らの多くが丸山議員をお気楽に非難する。が、北方領土を取り返そうとする方策を何も提示せずに、ただ無責任に丸山議員を糾弾するのは倫理的に許されるものではないだろう。

 が、今回の一件の反応からして、おそらく本気で北方領土を返してもらおうなどと考えている日本人はほとんどいないということなのであろう。政治家もマスコミも国民から非難されない程度に返してもらおうと努力している「振り」だけをして見せているということのようである。

 返してもらえるはずがない。もし本気で奪還しようと思えば力づくで奪い返すしかない。が、戦後日本人にはその勇気もなければ信念もない。だから返してもらう努力を続けている「振り」をしてきたのに、丸山議員は本気で取り戻そうなどという「幼稚」なことを考えている。戦争で奪い返すしかないなどと言えば、ロシア樣のご機嫌を損ねるだけである。

 これが戦後日本人の「大人の対応」なのだとすれば心底腐っている。【続】

平成日本について(3) ~日本経済新聞は軽薄な反日メディア~

《平成の時代に直面した最大の試練は、人口減社会の到来だろう。少子高齢化で人口が急減する恐れは早くから指摘されていた。しかし若年層の雇用や所得水準はむしろ悪化し、出産や育児、教育への支援策も後手に回った》(430日付日本経済新聞社説)

 「人口減」が何かとんでもないことのように喧伝(けんでん)されているが、人口減社会の何が問題であるのかもまたちゃんと見極めておく必要があろうと思われる。

 一口に人口減と言っても、問題は生まれてくる子供が少なく高齢者が増加する「少子高齢化」が進むことであろう。社会を支える人が減り、社会に面倒を見てもらわねばならない人が増えるということであるが、この逆ピラミッド型の人口分布が日本の先行きに暗い影を落とすであろうことは疑いを容れない。

 だから「少子化対策」ということになるのであるが、ただ子供を増やそうとする「少子化対策」は間違いである。それは現在の体制を維持することしか考えていない政策であって、これからの日本はどの程度の人口が適正人口であるのかを、たとえそのようなものは容易に数値化できないにしても少しなりとも考えた上で、社会保障体制を変更すべきは変更するということが重要なのだと思われる。

 おそらく国民は北欧型の高負担高福祉を望まないであろうから、日本型の中負担中福祉を目指すことになるのであろう。問題の1つが「年金」である。このままでは年金制度が破綻するのは確実であるから、支給開始年齢を例えば70歳にまで遅らせ、支給金額を下げるなどの改訂が必要となるだろう。また、国民年金、厚生年金等の一本化問題もあるし、「ベーシックインカム」といったものもその是非をしっかり検討しておくことも必要であろう。

《日本の総人口は2008年をピークに減少に転じた。厚生労働省は今年1月、40年の国内の就業者数について17年比で20%減る可能性があるとの推計を公表した。政府は外国人の受け入れ拡大に動き出したものの、人手不足が成長の阻害要因になり始めている》(同)

 要は、安い労働力によって利益を上げようとする企業の在り方が問題なだけである。経済の論理だけではなく、政治・文化・社会的観点からも十分に検討を加えて外国人労働者を受け入れなければ、かえって様々な摩擦を生じ問題を引き起こしかねない。

 そもそもこのような人手不足が生じたのは、本来は円高経済における新たな産業構造への生みの苦しみが必要だったにもかかわらず、それを嫌いアベノミクス金融緩和によって旧い「物作り」体制を維持したからである。が、このような体制は低賃金の新興工業国に取って代わられること必然である。

《財政健全化への取り組みは何度も先送りされた。

消費税は894月に税率3%で導入されたが、税率引き上げは思うように進まなかった。政治は増税の先の将来ビジョンを示せず、気がつけば国と地方の債務が1千兆円を超えていた》(同)

 このような言い方が間違っているのは明らかである。にも関わらずこのように言い続けるのは日本経済新聞が「反日メディア」であるからではないか。

 問題は単式簿記で債務が1千兆円などと言っていることである。複式簿記で歳入と歳出を秤量見比べねば財政の健全性は見えてこない。借金があっても資産があれば問題がない。どうして日本が複式簿記を導入しないのか不思議である。

 こういう悪質なデマを流し続けるメディアには退出してもらわねばなならない。【了】